アンリ・ミショー Henri Michaux

 アンリ・ミショーはベルギーに生まれ、フランスの前衛画家、さすらいの詩人として活躍した孤高の芸術家です。ミショーは少年期より文学に興味を持ち、1922年に「マルドロールの歌」に出会い衝撃を受け、1925年に移住したパリで見た、クレー、エルンストらの絵画に触発され、デッサンを描くようになりました。

 アンリ・ミショーは世界を旅しながら、詩と絵画両方を創作発表を続け、1955年にはフランスに帰化し、パリ国立近代美術館での大規模な回顧展開催、ヴェニス・ビエンナーレ展での受賞、フランス文学国民大賞がミショーの全著作に与えられる (ミショーはこれを拒否) など、フランスを代表する詩人・画家としての名声を得ました。

 アンリ・ミショーはメスカリン(サボテンに含まれている幻覚をもたらす成分)を飲用しながら、自己の内部の空間が、一本の線、一片の形となって、流出するがままに描く実験的手法を探究しました。ミショーの絵画作品は、パリ国立近代美術館などに多数収蔵され、世界の有名美術館でも展覧されています。

さすらいの詩人による
“ 終点なき筆跡 ”
アンリ・ミショー
Henri Michaux (1899〜1984)




アンリ・ミショー 版画作品

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在庫作品の一例(リトグラフ)

アンリ・ミショー
石版画 1967年 35×25cm

アンリ・ミショー
石版画 1974年 28×17cm

アンリ・ミショー
石版画 1984年 40×30cm



アンリ・ミショーの著作

(多くの著作に、ミショー自筆のデッサンが付けられた)


「循環する狂気の場合」(1922)

「かつての私」 (1927)

「エクアドル」「わが領土」(1929)
 
「プリュームという男」(1930)
 
「アジアにおける一野蛮人」(1933)

「夜動く」(1935)
 
「グランド・ガラバーニュの旅」「中心と不在の間で」(1936)
 
「プリューム〜遠き内部」(1938)
 
「魔法の国にて」「熱帯樹」(1941)
 
「試練・悪魔祓い」(1945)
 
「ここ、ポドマ」「アパリシオン」「絵画とデッサン」(1946)
 
「われら今も二人」(1948)
 
「襞の中の人生」(1949)
 
「パッサージュ」(1950)
 
「閂に向き合って」(1954)
 
「みじめな奇蹟」(1956)
 
「荒れ騒ぐ無限」(1957)

「砕け散るものの中の平和」(1959)
 
「深淵による認識」(1961)
 
「風と埃」(1962)
 
「精神の大いなる試練」(1966)
 
「夢の見方・目覚め方」(1969)
 
「角の杭」(1971)
 
「噴出するもの〜湧出するもの」(1972)
 
「様々な瞬間」(1973)
 
「逃れゆくものに向き合って」「中国の表意文字」(1975)
 
「被災者」(1976)
 
「不服従への道」(1980)
 
「だまして」「発端」「熱狂せる庭園」「顔の叫び」(1983)
 
 十分に期の熟したある日の午後遅く、私にも描きたい、線によって世界に参加したいという気持ちがわき起こった。
 何本かの線というよりは一本の線によって。そこで私は取りかかるのだ、一本の、たった一本の線に導かれて。切り詰められた空間に身を落ち着けることなくさまよい、やむを得ず止まらねばならないところまで、鉛筆を紙の上でしっかりと握り、その線を走らせる。ひとつの混乱。その時眼にするものは、自らに立ち戻ることを切望するデッサンである。
 私のやっていることは、たった一本の指でギターをひく者のように、たんなる貧相なデッサンなのだろうか。
 私と同じように、線は、何を探しているのか知らずに探し続け、すぐに見い出されるもの、与えられる回答、根本的な誘惑を拒むのだ。「到達すること」に用心する盲目的な探究の線。
 何に到達することもなく、美しいものや興味をひくものをつくり出すのでもなく、平然と自らを横切り、身をそらさずに、もつれずに、何物とも結び合わされることなく、事物や風景や人物にきづかずに。

『出現と再現』(1972年)





 彼はほんの少し前から描いている。想像的な活動において位置を変えることは、それ自体最も奇妙な旅の一つである。奇妙なうっ血除去、話す、書くという自我の一部分を眠らせること(部分ではなくて、むしろ結合のシステム)。描き始める時は、操車場を変えるのだ。言葉/思考、言葉/イメージ、言葉/感情という言葉の建造物は姿を消し、めまいを伴いながらひどく簡単に見失われる。それは、もうそこには存在しない。発芽は停止する。夜。局部的な死。さらなる願望、話す欲求。最も興味を感じていた頭の部分がさめてしまう。それは驚くべき経験である。別の窓から世界を見出す時の、やはり奇妙な感動。まるで子どものように、歩くことを覚えねばならない。

ひとは何も知ってはいない。

『絵画』 (1939年)