Izima Kaoru 第2弾  ※ 本展の会期後も、評論寄稿や情報を追加していきます。

 京都新聞 ★ 展評 2023年9月9月   ◎ ページ下方に出品作カタログ掲載

『ウツサレタモノ』小川美陽伊島薫  at ギャルリー宮脇 in 京都

会期:2023年91日〜918 午後1〜6時 9/4,11休廊

ギャルリー宮脇, galeriemiyawaki, 伊島薫, Kaoru Izima ギャルリー宮脇, galeriemiyawaki, 伊島薫, Kaoru Izima 『死体のある風景シリーズ』(2000年頃)で国際的にも知られる伊島薫(1954〜)は、80年代から音楽やファッションの広告写真の第一線で活躍してきた写真家。近年手がける「スクリーンショット シリーズ」は、既成のイメージを画像編集ソフトによってカラフルで抽象的なグラフィック作品に昇華している。
 シリーズ企画「 Izima Kaoru」は、伊島自身の創作とはちがった方法や世代の作品を紹介しながら、写真表現について問うコラボレーション展。今回選ばれたのは、時間的要素や痕跡として”写真”を用い、不在からリアリティを取り戻すことを試みる新進写真家・小川美陽(1996〜)。「ファウンド・フォト」であるネガフィルムを言葉で読み取り、AI画像作成機能を使用して出力することで、決して辿り着けないイメージへの接近を試みる。かくして二人の作品の「ウツサレタモノ」は、不在と実在、真実と虚構の意味をも曖昧にしている。

記念イベント◆ アーティスツ・トーク 9/2(土)午後4時〜   開催時の様子写真 
小川美陽 + 伊島薫  + ゲスト仲野泰生
(京都場館長、元川崎市岡本太郎美術館・学芸員)



ギャルリー宮脇, galeriemiyawaki, 伊島薫, Kaoru Izima ギャルリー宮脇, galeriemiyawaki, 伊島薫, Kaoru Izima 小川美陽の「See you in there」は、見知らぬ他人の撮影したネガをプリントすることなく、そこに写っているイメージを言語化し、AIを介して画像を作成するという作品。伊島薫のスクリーンショット・シリーズ「贋作」は、ネット上でスクショして手に入れた名画と呼ばれている絵画を、画像編集ソフトを使用することにより新しいイメージに改変したというもの。どちらも元となるイメージ(他人のネガまたは他人の絵画)を借用しながら新しいイメージを再構築あるいは再生産するという試み。


Izima Kaoru

伊島薫『ウツサレタモノ』

小川美陽がこれまで制作してきた作品には、写真(ネガやポジあるいはプリント)に「ウツサレタモノ」が内包する確かさらしきもの、あるいは不確かさを自分の体験や記憶と結びつけ、自身の存在を再確認しようという姿勢が貫かれています。 ● すでに半世紀にわたって写真に関わってきた私とは、写真というメディアに対する意識もそれを扱う姿勢においても大きな隔たりがあることは間違いないのですが、彼女の取り組みにはどこかしら共通点を感じ共感を覚える私がいて、それがこの小川美陽&伊島薫展の立脚点になっているわけです。 ● 今回私が展示する「贋作」は、ここ数年取り組んでいるスクリーンショット・シリーズの延長線上にあるもので、ネットで公開されている誰もが知っている名画をスクショし、それを加工したものです。 ● 元はといえば「こんな柄のTシャツがあればいいのに」という思いから始めたことで、出来上がりは「贋作」と言いながら一見どの名画がベースになっているのかさえ判別しがたいものばかり。加工し始めれば後はもう、いかにかっこいい絵に仕上がるか、それだけを考えて制作しています。 ● カメラを使い、そこにある現実を切り取ることで撮影者の視点や感情を表現することが「写真」の面白さであったはずですが、デジタルカメラやスマホの普及により、その「写真」の意味は大きな変貌を遂げています。リアルとフェイクが入り乱れ「写真」の信憑性はもはや地に落ちたと言っても過言ではないでしょう。 ● そして「ストレートフォト」「フィルムカメラ」といった言葉が飛び交う今こそ「写真」そのものがすでにノスタルジーの領域に追いやられ、その枠の中に閉じ込められながら悪あがきをしているように感じます。 ● 逆に私の行為は多分「それはもはや写真ではないのでは…」と思われてしまうかもしれません。きっとそう言われるのだろうと自覚してもいます。 ● それでも私はこれを「写真」と呼びたい。 ● なぜなら「写真」は無からはなにも生み出さないし、すでに存在するものを観察し、拾い上げ、切り取り、選び、仕上げるという行為によって成立するものだからです。つまりスクリーンショットもまた「写真」であり、過去の暗室作業に代わる加工の工程もまた「写真」の一部というわけです。 ● 私がファッションや広告の仕事を通して培ってきた「なにこれ?」「きれい!」「面白い!」「かっこいい!」と思えるものを制作するという心構えや考え方は、今もまったく変わりませんし、これからもまだまだ続けていくつもりでおります。 ● 伊島 薫 2023年8月記

WEB特別寄稿


「オリジナリティから贋作と反復の海へ」

仲野泰生

「複製技術は複製に、それぞれの状況の中にいる受け手の方に近づいてゆく可能性を与え、それによって、複製される対象をアクチュアルなものにする」 (ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品(第二稿)』1935‐1936『社会学研究所紀要』1936年初出掲載
 ちくま学芸文庫1995年「ベンヤミン・コレクション1」『近代の意味』より 浅井健二郎訳)


ギャルリー宮脇, galeriemiyawaki, 伊島薫, Kaoru Izima   「オリジナリティ」とは何なのか。
「オリジナリティ」は欧米のモダニズム(近代)の芸術概念としての一つとして生まれた。「オリジナリティ」は個の表現が拠り所とする芸術概念だろう。
  2023年6月フランスのアーティストグループ「Obvious」が「AI(人工知能)」を使って作った《Edmond De Belamy(エドモンド・ベラミーの肖像)》という絵画がクリスティーズ・オークションに出品され、43万2500ドル(約4800万円)落札され大きな話題となった。 制作した「Obvious」はパリを拠点とするアーティストと研究者によるグループ。 この《エドモンド・ベラミーの肖像》は「AI」が作ったオリジナルの作品なのだろうか。 私にはネットの画像で見る限り、男性のオーソドックスな肖像画にCGでエフェクト的なデフォルメーションを加えた絵画にしか見えなかった。
  ところでアプロプリエーション(Appropriation)という「盗用」や「流用」を意味する言葉がある。この言葉を評論家ダグラス・クリンプが、モダニズムのオリジナリティ神話に対する批判的問いかけとして、1977年にアートの文脈で初めて使った。
  「AI」という概念が生まれたのは1956年。およそ半世紀の間に「AI」は進化した。アート界で期待が集まっているのが「AI」の機械学習と画像認識という能力だ。
  IT、ビッグデータ、AI、DXと語られる資本主義社会の中のデジタル・テクノロジーは、この四半世紀の間で異常に発展した。 テクノロジーの進化は人々のコミュニケーションや生活スタイルを大きく変貌させた。それは人々の心、精神、思考さえも数量化し、データ化したと言えるかもしれない。人間の内面の領域さえもアルゴリズムでとらえることの可能性さえ感じる。ここで言うアルゴリズム(Algorithm)とは、コンピュータプログラミングで使われた大量のデータを高速に処理する処理方法。 注目される「AI」は、こうした高度なテクノロジー社会を背景に登場してきた。

ギャルリー宮脇, galeriemiyawaki, 伊島薫, Kaoru Izima   さて今回の「ウツサレタモノ」小川美陽&伊島薫展の話に移ろう。
  伊島薫作品はスクリーンショットを使った作品。 最近の伊島薫のスクリーンショット・シリーズは偶然の産物だという。 伊島はインスタグラム(Instagram)の黎明期に画像を検索していた時、明瞭な画像になるのに2,3秒かかる間の呆けたような抽象的な形象が面白いと感じた。その呆けた画像を明瞭になる前に急いで記録したいという思いでスクリーンショットを始めたという。 伊島の今回の作品はレオナルド・ダ・ビンチの《モナリザ》、エドヴァルド・ムンク《叫び》など美術の教科書でもおなじみの作品をスクリーンショットで加工した作品だ。原画の構図や色彩を伊島自身の感覚で変えていく。 今回の作品は伊島流のアプロプリエーションではないだろうか。
  一方の小川美陽は「AI」を使った今回の作品はフリーマーケットで買った誰が撮影したかわからないネガフィルムを小川がネガを観て読み取り彼女の言葉に還元した。 彼女の作品は古典的なストーリー(story)としての物語ではなく、新しいナラティブ(narrative)としての物語に近いのではないか。彼女は匿名のネガをどのように見るか?そしてどんな言葉に還元するのか。 あくまでも小川自身のナラティブとしてどんな作品が紡ぎ出されるのか。

  今回の二人の実験的な展覧会は「写真とは何か」という従来のアポリア(難問)を抱えながら「芸術概念」の再定義さえも観る側に委ねてくる。 二人の挑発を是非ご自身の眼で観ていただきたいと思います。

(なかのやすお 京都場館長、元川崎市岡本太郎美術館・学芸員)

Miyo Ogawa

小川美陽『See you in there』

本作は、ファウンド・フォト* であるネガフィルムを前にして、被写体や撮影者がどんな人物であるか /その景色がどこであるか 、というある種の答えに、決して辿り着けないことを理解しながら接近を試みたものです。◆ 便箋に書かれてあるテキストは、フィルムに写っている情景を自分なりに解釈して言語化したものです。横に並ぶ「写真」は、そのテキストをAI画像作成機能で検索をかけて出力したもので、再現度が高いものや、描写できていない部分があるものなど様々でした。◆ それらは、「かつてそこにあった」という物証として存在するフィルムを起点に、横断し合い相互的に変容を促す装置に取って代わります。そうした変容の先に脳内で引き出されるイメージは、答えではないものの、このフィルムに写された像の地続き的存在になりうるのではないでしょうか。 *ファウンド・フォト : 撮影者不明の写真、またはそういった写真を扱い作品を構成する手法を指す
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Izima Kaoru

伊島薫   スクリーンショット・シリーズ『贋作』

ネット上にある、誰もが知るような “名画” の画像をスクリーンショットして手に入れ、画像編集ソフトを使用することによって新しいイメージに変容させた作品。キャンバスにインクジェット出力して木枠に張り、古風な油縁に額装して油絵のように仕立ててある。各イメージにはヴァリエーションがあるが、出力されるのは1点限りで、同一のイメージに複数性はない。
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ゴッホ「ひまわり」
伊島薫 Kaoru Izima
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ドガ「舞台の踊り子」
伊島薫 Kaoru Izima
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クールベ「世界の起源」
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モディリアーニ「青い眼の肖像」
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フリーダ・カーロ「ハチドリの自画像」
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ルノワール「ダンヴェール嬢」
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ムンク「叫び」
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フェルメール「真珠の耳飾りの少女」
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シーレ「縞シャツを着た自画像」
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クラーナハ「ヴィーナス」
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ピカソ「帽子を被った女」
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岸田劉生「麗子微笑」
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ダ・ヴィンチ「モナリザ」
伊島薫 Kaoru Izima

伊島薫 Kaoru Izima

伊島薫 Kaoru Izima

伊島薫 Kaoru Izima

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