南 桂子 Keiko Minami

南桂子の銅版画「花束を持つ少女」

南桂子のエッチング/銅版の上のメルヘン

 南桂子はメルヘンチックな少女やお城、お魚や鳥たちの絵で有名な人気画家/銅版画家です。繊細な線による素朴な造形性、そしてなによりそこには詩情あふれる優しい世界が広がっています。そんな南桂子の作品は、ユニセフのカードやカレンダーなどにも採用され世界中の人々の心を癒してきました。メゾチント技法の世界的巨匠で夫の浜口陽三と長くパリに定住し、本格的な銅版画工房で技法の研鑽も積みました。また、若い頃から詩や絵に親しみ、壺井栄に師事して童話を学んでいたこともある南桂子ですが、後に詩や文学を映す挿絵家として、谷川俊太郎の詩集の仕事でも人気を博しています。

 京都の画廊、ギャルリー宮脇では、南桂子の色彩銅版画(カラーエッチング)を常時数種類在庫しています。お気軽にお問い合わせ下さい。
右図版「花束を持つ少女」(1980)


   ■ 2006年秋季店頭での南桂子の銅版画特集コーナーは終了致しました。

南桂子の銅版画「サボテンの塔」
「サボテンの塔」

南桂子の銅版画「葉の中の二羽の鳥」
「葉の中の二羽の鳥」

南桂子の銅版画「みみづく」
「みみづく」

南桂子の銅版画「花」
「花」

南桂子の銅版画「花と緑色の鳥」
「花と緑色の鳥」

南桂子の銅版画「港」
「港」


画像掲載作品は販売しています。作品データ、価格、在庫など詳細は上記作品タイトルにてお問い合わせ下さい
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南 桂子  短歴

1911年富山県高岡市生まれ。母は文学、芸術に造詣深く歌人でもあった。祖母はアドレナリンを発見した科学者・高峰譲吉の妹。両親ともに桂子の幼少の頃に病死したため、親族の手で育てられた。1928年高岡の女学校を卒業。この頃から詩作と絵画に興味を持つ。1945年東京に移り住み、小説家・佐多稲子の紹介で壷井栄に師事し童話を学ぶ。1949年自由美術展に出品。以後1958年まで毎回出品。この頃油絵を習っていた森芳雄のアトリエで、後の夫となる浜口陽三と出会い版画の面白さを知る。1954年渡仏。銅版画指導者・フリードランデルの研究所で2年学ぶ。パリには1982年まで28年間定住。1955年自由美術会員推挙。1957年東京国際版画ビエンナーレ出品。以後1966年まで毎回出品。ニューヨーク近代美術館のクリスマスカードに採用される。1958年ユニセフのグリーティングカードに採用される。1959年日本版画協会会員推挙。1961年神奈川県立近代美術館で「フリードランデル・浜口陽三・南桂子版画展」開催。パリの名門画商ベルグリュアン画廊と以後20年間契約。1965年東京国立近代美術館で「欧米在外日本作家展」出品。1966年ユニセフのカレンダーに採用。1968年ユニセフの子供教育用スライドに採用。1969年福永武彦「幼年」の挿画を担当。1970年谷川俊太郎との詩集「うつむく青年」の装丁挿絵を担当。70年代以降国内外で日本の現代版画を紹介する主要な展覧会に出品を続ける。1982年帝国ホテルの全客室に銅版画が飾られる。サンフランシスコへ移住。1984年日本版画協会名誉会員推挙。1990年高岡市美術館で「南桂子〜銅版画にみるメルヘンの世界」開催。1996年帰国。1997年「南桂子全版画集」(中央公論美術出版) 出版。1998年浜口陽三と南桂子作品を所蔵する「ミュゼ浜口陽三ヤマサコレクション」が日本橋に開館。2000年浜口陽三逝去 (91歳) 。2001年高岡市美術館で「南桂子・宮脇愛子展」開催。2003年練馬区立美術館で「詩との出会い浜口陽三・南桂子展」開催。2004年逝去。享年93歳。2005年ヤマサコレクションで 追悼展。2006年同館で「南桂子―bonheur ボヌール展」開催。