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Since 2007, February Last update 2009/April/11 |

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古くは、未開社会の芸術や精神病患者の作品の研究からはじまったアウトサイダー・アート(そういう定義はなかったが)は、今から60年ほど前、当時のコンテンポラリー・アートの世界で紹介される決定的機会を得た。シュールレアリストやアンフォルメルの世界的巨匠を売り出していたパリの有名画商マーグやルネ・ドルーアンで相次いで展示が行われたのである。その頃、デュビュッフェが「アール・ブリュット」(Art Brut = 生の芸術) を提唱したが、そうした種類の作品は、それまでに多くの著名な画家や研究者の興味をひいて収集されていた。 「アール・ブリュット」、それは現代美術における大発見であった。1960年代、70年代に欧米で大規模な美術館企画が催されるも、その作品素性の特異性ゆえ、収集保存と公開の方法に関して、常に既存の美術界と交わる事を許されぬかのように紆余曲折を経てきた。そんな歴史を積み重ね、昨今のように認識が高まってきたのは、日本も含め1990年代以降の世界的な潮流である。 訓練されていない素人や独学者による創作 … しかし、継続的に繰り返されるうち、その様式は確立され、時に洗練される。しかもそれはいかなる既存の流派にも属さない独自のものである。さらに技術的発展と熟練をみせる作家もいる。"アウトサイダー" と呼ばれるからには、社会の枠外にいて他人に関心がないはずだが、描かれる絵には社会への興味を示すものや、近い人々との関係を築こうとするもの、人間に普遍の共感を呼ぶものも多い。中には創造行為への興味が高じて、後で正式に美術の勉強を始める者もいる。何よりも、しばしばひどく奔放で、またひどく濃密なこれらの絵画世界は、鑑賞する者に未経験の喜びや驚きを感じさせてくれる。 ヌーヴ・アンヴェンシォン(Neuve Invention)、セルフトート(Self-taught)アートなど、もはや完全な孤独者の密やかな営みとしてくくることなどできない、アールブリュット、アウトサイダーアートの新しい流れもここにはある。 |
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ヘルムート Helmut1946年ドイツ生まれ。脳障害から癲癇を患ったが、絵画や音楽の才能を発揮した。作品には緻密で正確な秩序があり、郊外の風景と思しきモダンな建造物の多数の窓には人物が配され、几帳面に彩色が施されている。背景の自然風景にある、雲、樹木、花などには、それぞれのモチーフに決まった形象が用いられる。一つの作品に2ケ月かけることもしばしばで、作品には制作の開始日と完成日を記載する。日々の余暇に続けられる創作活動は、彼にとって混沌としたこの世界を、画一的で規則正しいものに作り直す作業のようである。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
マッジ・ギル Madge Gillアール・ブリュットの代表的作家。1882年ロンドン郊外で生まれ、1961年没するまで人生のほとんどをそこで過ごした。出生時からの様々な困難に心の傷を負い、1919年第四児死産の際、自らも重病で片目を失う。その頃から交霊術を実践し、精霊の指示に従ってドローイングを描くようになる。そこには格子や波状、渦状のおびただしい文様が描かれ、宙に浮遊して奇妙な視線を送る女性の顔が繰り返し登場する。 彼女の創造行為は、超自然的オートマティスムとして、シュルレアリスムの技法からも注目される。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ジャン・ミシェル・メサジェ Jean Michel Messager1960年フランス生まれ。自閉症で、穴を埋めたり、できるだけ高いところに登ったりする癖があった。14歳のとき、変電器によじ登って死に瀕するほどの感電事故を起こしたが、左腕を失っただけで助かった。絵を描き始めたのはそれからである。何層もの色彩で用紙を塗りつぶし、ほとばしる色のエネルギーから、独特の抽象的な世界が映し出される。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
パール・アルコック Pearl Alcock1934年ジャマイカに生まれた彼女は、25歳の時、結婚生活を捨てて英国に移住。様々な工場労働を経て、ブリクストンに自分の店を持ったが、1981年の暴動により閉店を余儀なくされた。1985年、彼女は友人に贈るバースデーカードを買うゆとりもなく、自分で絵を描き始めた。「私は自分が手に触れたものなら何でもいいから描きたかった」、「友人たちは感心し、創作に使えそうな材料をもって来てくれた。これが私のスタートなのです」と述べている。彼女の絵は生き生きとした色で描かれ、表現主義派の作品にも似ている。独学の画家として、英国で評価のある彼女は、テートギャラリーの企画展にも出品するアウトサイダーアートの代表的作家である。2006年没。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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アロイズ・ヴェイ Alois Wey1894年スイス生まれ。酒浸りの父に代わって家庭を支えるため退学して少年期から屋根職人、レンガ工、工場労働者、電線架設人など危険な職を真面目にこなした。80歳の時、老人ホームでの暇な生活が嫌になり絵を描きはじめた。よくできたきれいな壁や屋根のある装飾的な建物を描く。美しい彩色を施すために良い画材を揃え、建物の細部や質感を表現することにもこだわった。1985年没。一見素朴に描かれる彼の魔術的建造物は、アール・ブリュットのクラシックに数えられるべき高度な幻視性に満ちている。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
クルト・ハース Kurt Haas1935年スイス生まれ。百貨店や銀行に勤めた彼は、子供のいる一家の父である。 40歳の時に娘の色鉛筆で絵を描きはじめた。1985年から数年間、荷船でヨーロッパを放浪し、帰郷後タバコ屋の店員になる。表現主義やアール・ブリュットに造詣が深く、独自の表現を追求するために、あらゆる画材を試み、抑制された中にも熱帯的な色彩とプリミティブな装飾性に満ちた画風を確立した独学画家。作品は Neuve Invention などで紹介され、2000年には、初めて画業を顧みる展覧会がヨーロッパ各地を巡回した。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ジェラール・センドレイ Gerard Sendrey1928年生まれ。仏ボルドー近郊に住む。市長秘書を務めたが、40歳の時に独学で画家を志すために辞職。1979年に初めて個展を開いて評判を得た。 極めて緻密な網目状の線跡が予想外の人間像を結ぶ作品や、そのほか様々な技法の幅広い作風を手掛ける。作品は世界各地のアウトサイダーアート系美術館にコレクションされている。作者はフランスに於けるセルフトート(独学)アート普及の推進者でもある。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
ラドミラ・ペヨヴィッチ Radmila Peyovic1936年ベオグラード生まれ。幼少時は戦下にあり爆撃で両親を失ったが、姉妹で逃げきり、イタリアへ移住。30歳までに心の病を発し、それは後に悪化し療養生活を送る。1983年から87年の間、病院の絵画ワークショップに参加した。いつも決まって肩から上の横顔が定型的に描かれる。しかし、髪型や洋服にはヴァリエーションが見られる。また背景には彼女のコメントが書き込まれている。ナイーブで、エレガントにして緊張感の張りつめたような不可思議なファンタジーが漂う。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ラファエル・ロネ Raphael Lonne1910年フランス生まれ。1989年没。交霊術に興味を持ち、自身に霊媒の能力があることに気付いた1950年頃から、 混沌とした世界の諸要素がメタモルフォーズして出現する人物や動植物の繊細緻密なデッサンを描いた。本人は精霊の指示によって描かされているのであり、自分が描いた訳ではないと述べていた。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
イヴォンヌ・ロベール Yvonne Robert1922年フランス生まれ。厳しい家庭環境に育った彼女は、結婚して子供を産んだ後、長期にわたり鬱病を患った。美術に通じていた兄弟の手引きで1974年に絵を描き始めた。田舎の風景や動物、花を題材に、明るく、大胆で、豊かな色彩の絵画世界を展開する。彼女は長年、自分の作品が世に出ることを望まなかったが、ごく一部の小品がローザンヌのアール・ブリュット美術館で紹介されている。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ウンベルト・ベルガマスキ Umberto Bergamaschi1954年イタリア生まれ。生まれつき軽度の精神的なハンディキャップを持つ彼は、父の死後、施設での保護が必要になり、1996年から絵画ワークショップで描くようになった。いつも卵形の色面空間の中に静謐な人間像や風景が浮かび上がる。円というかたちの持つ象徴的な力がみなぎる美しい画面構成は、時空を超越した胎内回帰のような閉じられた世界を覗かせてくれる。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
テオ Theo1918年ドイツ生まれ。1998年没。12歳の時、村で食料の密輸中に取締まりの銃撃に遭い大きなショックを受けた。自分の殻に閉じこもる性格になった彼は、ナチスの遺伝病対策にひっかかり拘束されたが、医師の知人のおかげで命は助かった。戦後は家族と農場で働いたが、あらゆるものを拾い集め、まわりにあるビンの中身を出して家に持ち帰るなどの奇行が原因で、61歳の時に施設に入った。絵を描き始めたのはそれからである。様々な画材で、政治的、宗教的な信念があるわけでもなく、自分と同じ時代の肖像として、ヒットラーやローマ法皇を描いた。作品を他人に見られるのを避け、折りたたんで大切に保管していた。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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キャロル・ベイリー Carol Bailly1955年ボストン生まれ。1970年に家族でスイスに移住した。職を転々とし結婚、重い鬱を煩った1985年頃から日常生活や新聞ニュース等を題材に、テキストを織り込んだ濃密な戯画風の絵を描く。巨大なくちびるを持つ人物像が特徴。夢中になって私的な絵画世界を紡ぎ上げていく創造のプロセスと几帳面な造形、色彩感覚には、アール・ブリュットの特異な感性が見られる。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
マルタ・グリュネンヴァルト Martha Grunenwaldt1910年ベルギー生まれ。ミュージシャンの父を持ち、自身も音楽に情熱を持ってヴァイオリンを演奏していた。しかし中年期には孤独で厳しい身の上になり、音楽から離れざるを得なくなった。58歳の時に娘家族と再び暮らし、献身的に家事を手伝った。使い古された紙を拾い、孫の色鉛筆を使って絵を始めたのは71歳の時である。リズミカルな筆致で、色彩の鱗の中に女性像が浮かび上がる。あたかも、失った音楽の世界を色彩に置き換えて取り戻すかのように、彼女は絵によって美しいメロディーを奏でている。2008年没。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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テッド・ゴードン Ted Gordon1924年米国ケンタッキー生まれ。大学を中退後、9年間で96回も職を転々とした。1951年サンフランシスコに落ち着き、結婚し、大学も卒業した。そしてカリフォルニアで公衆衛生の役人として25年ほど勤めた。憑かれたように男の顔を描く。厚紙にボールペンで、何かに対する怒りでも込めたかのような強い筆圧で描かれる。そのエキセントリックかつ強固に確立された様式美によって、米国フォークアート・ソサイティから優秀賞も受けているアウトサイダーアートの有名作家である。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
ポール・デュエム Paul Duhem1919年ベルギー生まれ。1999年没。少年期から農夫として働き、戦時中は鉄道の強制労働、以後も孤独で忍耐強く農場労働に従事した。1978年に入所した保護施設のアトリエで絵を描きはじめたのは、70歳になった1990年からで、言葉によるコミュニケーションを苦手とする彼は孤独を打ち破るかのように毎日熱心に、没するまで規則正しく制作を続けた。主題には決まってロボットのような肖像が登場する。限られた色彩のクレヨンや絵具だけを用いて無限に描き続けた。その姿は無垢で実直なまなざしを携えている。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ローゼマリー・コッツィ Rosemarie Koczy1939年ドイツ生まれ。1942〜45年幼くしてナチスにより辛い収容所体験をした。家族は崩壊し、解放後も孤児院で過ごした。1959年に芸術家になることをめざしてスイスに移る。苦労の末、1961年にジュネーブの美術学校に入学し4年で卒業。タペストリー作家として成功するが、1975年に絵画、ドローイングの制作に移った。内面からの衝動によって描かれる人間像は、戦争によって失われた犠牲者の尊厳を訴えているかのようだ。 アールブリュット以後、デュビュッフェが "ヌーヴ・インヴェンション”を代表する仕事として推薦した有力作家である。2008年没。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
アンドレ・ロビヤール Andre Robillard1932年フランス生まれ。少年期から社会生活に不適応であった彼は19歳で施設に収容され、33歳になって人生に何か意味を持たせようと思い立ち、捨てられた様々な物でライフルをこしらえ始めた。それを医師がデュビュッフェに見せたことをきっかけに、デュビュッフェはロビヤールの制作を励ますようになった。彼は病院の職員として働きながら、院内にある自分のアトリエに拾い集めた材料を積み上げ彼なりの秩序をもって保管し、武器や動物、ロケットなどのオブジェやドローイングを制作している。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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シャルル・ブション Charles Boussion1925年フランス生まれ。5歳のとき南仏の親戚に預けられ、両親との別離は心の傷となった。大学卒業後、結婚し、香水の商売で成功したが、仕事上のアクシデントから辞めざるを得なくなった。その苦境を克服するために妻が絵の具を買い与え、彼は絵を描くようになった。東方の肖像画、ムーア人の金細工、アイルランドの装飾など、古い伝統に創造の源泉を求め、華麗な作風を持つ才能ある独学の画家である。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
ジャベル Jaber1938年チュニジア生まれ。10歳にもならぬうちにパン屋に奉公に出される。そこで、パン生地でこねる鳥や魚や花をパン屋の壁に描いたりしていた。1958年にパリに移りボクサーになり、そして大道芸人になって生計をたてた。最初の個展を開いた後、アメリカに渡り絵画コンクールで受賞した。子供の絵のような人物像と楽しい色彩感覚で、その表情はあっけらかんとした陽気さに満ちている。 今では欧米各地のギャラリーで展覧会が企画される人気画家になったが、作者本人は商業主義には一切関心がない。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ガストン・トゥシェール Gaston Teuscher1903年スイス生まれ。1986年没。少年期から独立心の強い性格で、生涯、放浪癖と女性遍歴に彩られた人生を送った。71才で描き始める。紙ナプキンに残ったワイングラスやカップの底のしみ、タバコケースの銀紙やその辺に落ちている汚れた紙など、身近にある些細な形象を創造の起点にして即興的に描いた。また、ヘヴィスモーカーの彼は、タバコのヤニを作品の着色に使用していた。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
ヤコブ・モルフ Jakob Morf1922スイス生まれ。2002年没。十分な教育も受けず16歳で農業労働に出され、物事の理解力に欠けていたため徴兵からもすぐ還された。1980年に仕事中の事故をきっかけに療養施設に入る。1987年頃から毎晩グラフ用紙を埋め尽くすドローイングをするようになった。1997年頃からそれを束ごと保管するようになり、1999年に新入りの看護師によって発見され、世に紹介される機会を得た。そこには記号のような樹木や花の列が書き込まれ、雑誌から切り取った人物や静物の写真がコラージュされることもある。脅迫観念によるアール・ブリュットの典型的な作例である。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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イブ・フルーリー Yves Fleuri1960年ベルギー生まれ。多彩な芸術の才能に恵まれる彼は、現在は絵画制作に熱中している。名画やニュースの写真をもとに、独特の造形と強烈な色彩でアレンジした作品をスピーディーに描き上げる。そのノンフィクションの絵画翻案には、彼の特異なアール・ブリュットの才能がうまく発揮されている。アール・ブリュットの新鋭作家として、彼の愉快痛快な作風はこれから人気を集めるであろう。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
ジーン・メリット Gene Merritt1936年生まれ。幼児期の熱病が原因で障害を負い、また少年期から飲酒の問題を抱える。父親を亡くしてからは州の保護下で拘束のない保護を受けている。テレビやラジオをつけ放しにし、無線などの通信に執着し、楽器演奏が特技の彼は、特異な視聴覚の記憶力を持っているようだ。1992年頃から、その記憶をたよりに映画スターなど有名人の肖像を、解剖図のような独特の線で描いている。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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ジョゼフ "ペペ" ヴィーニュ Joseph "Pepe" Vignes1920年生まれ。父と同じ桶屋になり、村のパーティなどではアコーディオンを弾いて歌を唄った。60才代のはじめに自分だけで楽しむために 自我流の絵を描き始めた。クラフトペーパーや段ボールにカラーフェルトペンで、花や車、船や魚を描き、それを子供たちや友人に 配った。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
マルセル・デュフォー Marcel Dufour1949年フランス生まれ。鉄道架線の技師として製図も習得した彼は、短い兵役後、精神病院に収容され、そこで毎日絵を描くようになった。風景、植物、人物像などが濃密な色彩の中に溶け合った、大変美しい万華鏡様世界を展開している。2002年没アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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トルディ・オプリガー Turdi Oppliger1948年スイス生まれ。幼少時の重い病気のために心的な障害を負った。読み書きのできない彼女はもう長年作業所で仕事をしている。織り成される筆致が抽象的な色彩空間を生み出し、その心象的な光景の中に、人間や動物が描かれている。注目すべきアール・ブリュットの新作家として最近発表されるようになった。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
マルティーヌ・コプノー Martine Copenaut1955年ベルギー生まれ。クラフトの作業所に入った1980年頃から絵を描くようになった。忍耐強く描き込んだ小さな無数の円形に彩色が施され、画面全体が艶やかなビーズに埋め尽くされたような有機的世界が広がる。美しい個性的な作品は、アール・ブリュットの新しい人気銘柄として評価が高く、彼女はアーティストとして活発な創造活動を行った。2004年没。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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シルヴィア・フラゴーゾ Sylvia Fragoso1962年アメリカ生まれ。ダウン症に生まれた彼女は22歳の時に絵を描き始めた。1992年にテレビ番組で紹介されたのがきっかけで、人気画家になった。モザイク状の鮮やかな色彩の中に立ち現れる人物や風景、植物、太陽や月は、自在に変幻しながら幸福感いっぱいの画面を構成している。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
バンジャマン・ボンジュール Benjamin Bonjour1917年スイス生まれ。18歳の時の重い病から障害を負ったが、裁縫手芸の用品を村から村へ売りに歩いたり、 歌を唄ったりして僅かなお金を稼いでいた。60歳からは、絵を描き、歩き、歌って過ごした。妹たちには 囲まれていたものの、かなり孤立した生活だった。クレヨンやフェルトペンで色鮮やかに花や身近な風景、家、教会などを描いている。 同じ主題が画中に繰り返して描かれ、スピード感のある揺らぎが生じている。 アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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マルク・ニデッガー Marc Nydegger1977年スイス生まれ。1995年に病にかかり入院。そこで絵を描き始める。治療のおかげで2005年には大工の見習いを始めるまでに回復した。ベルンで自活する彼は、かつてアドルフ・ヴェルフリがいたことで有名なワルドー精神病院のアトリエで近年度々紹介され、その画家としての才能が注目されている。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
アントニア・ブリュリサウアー Antonia Brulisauer1916年スイス生まれ。生まれつき聴力がなく、話すことも 書くことも学ばなかったが、76歳の時にセラピストに勧められて絵を描きはじめた。カラーフェルトペンによる点描状の色鮮やかな画面には、人物が花や植物、大きな輪などが描かれる。アウトサイダーアート, アールブリュット・コレクション |
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