齋藤修 Osamu Saito

  齋藤修木口木版画新シリーズ「Neverland “Chaos”ネヴァーランド カオス at ギャルリー宮脇 in 京都
     2020年410日〜426 1PM〜7PM 月曜休廊  ページ下方でシリーズ12作全点のイメージをご覧いただけます。

     齋藤修は、現代木口木版画を代表する作家(1946年島根県生まれ、京都府在住、日本版画協会会員)

     <作者の言葉>
     「宇宙の像を彫り続けてきた。宇宙は人間の世界とはまるでちがっている。それは人間の想像など超越した世界であるにちがいない。
      だから私の彫る宇宙は、私が勝手に空想した、私だけの宇宙の姿なのだろう。一方、水晶のように、掌の上にのるような
      小さな宇宙にも魅せられる。花や虫などの生き物の姿もそうだ。自然がつくりあげるこれら突拍子もない形態に、
      私はずっと憧れてきた。科学が自然の驚異を解き明かす今日でもなお、その途方もない時間と空間の
      スケールは、神秘そのものである。それは壮大なカオスの世界だ。」

      リーフレット掲載特別寄稿「星と石の非永遠」 by 寮美千子(作家・詩人)
齋藤修, Osamu Saito
WEB特別寄稿 by 神保京子
齋藤修・・・無限遠の彼方より

  限りなく繊細な描線による、そして写真のように克明に表現されたモノトーンの静謐な世界。そこに刻印されているのは幾多の星々と水晶の群。さらにその背後には、時に樹木の年輪のような形状が控えている。このソリッドな質感に包まれた宝石箱のような作品を凝視し続けるうちに、私は一瞬、闇のなかから立ち現れる広大な時空世界に招き入れられ、描き出された宇宙空間を経廻るような浮遊感に取り憑かれる。
  1946年、島根県に生まれた作者は、1977年に独学で木口木版画による作品の制作をはじめた。以来今日まで、作者は同じ手法とテーマを追及し続けている。

  齋藤修の木版画は、硬い樹木である椿を版木として、立ち上がった木を垂直に裁断した木口こぐちに彫像する。それは銅版画のような金属の質感を思わせるほど硬質な印象を放ち、研ぎ澄まされた精緻な描線は、画面に独特の緊張感と透明感を与えている。版木に残された断面の模様、放射線状の筋や亀裂の跡は、時にそのまま作品に反映されて、樹木の体幹は生命の息吹を反芻する有機的な円のかたちをも描き出している。しかし齋藤の作品には、ギュスターヴ・ドレが描いた物語画の挿図のように人物が登場することはない。ここで主役となるのは、「透き通る氷」を意味するギリシア語のクリストロスがその語源とされる六角柱状の結晶体 ---水晶クリスタルである。なめらかで鋭角的なラインに包まれた無色透明の鉱物は、無重力の天空で星々と交わりながら、自由な飛翔を続けている。
  再びギリシア語に由来する宇宙を表す<コスモス(cosmos)>とは、元来、「秩序」を意味し、「混沌<カオス(chaos)>」に対立する概念であるという。壮大なスケールの秩序によって均衡を保つマクロコスモスとしての天体。この巨大なコスモスの、点としての存在でしかない地球という星の上では、海と大陸が出現し、あらゆる生命体が誕生した。地上のミクロコスモスから人類は天を目指そうとするが、神によって与えられた異なる言語によって、築き上げられたバベルの塔は崩壊し、地上はカオスで満たされた。天に瞬く未踏の星々、銀河やブラックホール…。科学の進歩を踏まえても、未だ手に触れることの叶わぬ未知の天空は、人類にとっての神秘である。
齋藤修, Osamu Saito   「宇宙は人間の世界とまるでちがっている」と作家は語る。タイトルの「ネヴァーランド(Neverland)」とは作者による造語で、「あり得ない国」というような意味が込められているという。この宇宙のどこかに地球という惑星と同じような星が存在するとしたら、そこでもまたこの星と同じような混沌(カオス)が展開されているのだろうか。あるいは我々の想像をはるかに越えた別世界での営みが、どこかで繰り広げられているのだとしたら…。未知なる宇宙への思念は尽きない。制作の営為は作家にとって、現実世界のあちら側に存在する全人未踏の別世界、ネヴァーランドに踏み入ろうとする所作であるのかもしれない。
  稲垣足穂は、世界が無数の薄板の重なりによって構成されるという「薄板界」を想起した。それぞれに異なる時空において各々の歴史を刻んできた物質たちは、薄い平面の層へと振り分けられ、掌ほどの版木の上に集結する。宇宙の彼方からその存在を知らせる、明滅する星々の光は、地上界の産物である水晶と樹木の上で重ね合わされ、さらに支持体である薄雁皮紙の薄い皮膜のうちに濃縮されて、華麗な重層空間が摺り出される。そこでは、地上と天体の無限遠の距離感が圧縮されて、ひとつの平面に整列し、濃密なるカオス空間が現出している。齋藤修作品の快楽は、限りない天空のスケール感と、掌の小宇宙とを行き来する、時間と空間の巨大かつスリリングな振れ幅を感得させる、そのダイナミズムの中にある。

神保京子(じんぼ・きょうこ)
東京都写真美術館学芸員として勤務した後、東京都現代美術館を経て、2011年より東京都庭園美術館学芸員。1999年にはロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館に滞在し、19世紀の写真家、ジュリア・マーガレット・キャメロンの調査を行う。主に写真やシュルレアリスムをテーマに展覧会を企画。手掛けた展覧会には、「川田喜久治 世界劇場」「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」等がある。



齋藤修 木口木版画シリーズ
Neverland “Chaos”ネヴァーランド カオス
齋藤修   WWW カタログ

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各限定10部

リーフレット掲載特別寄稿「星と石の非永遠」 by 寮美千子(作家・詩人)